サミュエル・ベケットの『しあわせな日々』に魅せられて

が通っていた高校は美術系でしたが、芸術に敏感な人が多いためか、演劇が盛んでした。演劇部もあったのですが、みんな気の合う友だちと演劇グループを作り、文化祭にはたくさんのお芝居が上演されていたものです。同じく私もお芝居が大好きで、友だち数人とグループを作っていました。その中のひとりが、近所にある大学の演劇研究会のメンバーと知り合いになり、みんなで遊びに行ったり手伝ったりしていました。

美術系の学校ですから、立て看板や横断幕を描くのもお手の物で、大学生からも重宝がられるため、彼らのお芝居を特等席で観せてもらうこともしばしばです。そんなとき、演劇研究会の有志3人が、サミュエル・ベケットの『しあわせな日々』 を上演することになりました。サミュエル・ベケットなら、『ゴドーを待ちながら』が有名で、私も以前ある小劇場で上演されているのを観たことがあります。なんで『ゴドーを待ちながら』ではないのだろう?と疑問に思いっていたのですが、彼らの練習風景を見学させてもらうたび、『しあわせな日々』に惹き込まれていきました。

「今度の文化祭、『しあわせな日々』をやらない!?」

すっかり魅せられた私は、グループのメンバーに提案しました。どうしても演りたくなったのです。地面に埋まりながら日常を送る主婦のウィニー。こんな不条理劇がほかになるでしょうか?

「でも、『しあわせな日々』は登場人物が2人しかいないよ」
「うん、それに、ちょっと私たちでできるか、自信がないよね」

といったメンバーの意見で、結局ボツになりました。冷静に考えると、彼女たちの意見が正論です。そして私たちは、『ゴドーを待ちながら』を演目に選び、文化祭まで練習に励んだものでした。

今でも、『しあわせな日々』を観たときの衝撃は胸に残っていて、自分たちで演りたかったな、と思うことがあります。でも仮に上演していたとしても、高校生の段階であの世界をどれだけ表現できたかは怪しいものです。せめて『しあわせな日々』がどこかで上演されているのを観に行きたいと思うのですが、『ゴドーを待ちながら』と違ってほとんど取り上げられないのですよね。もう一度観たいなぁ。